人生で初めての海外一人旅出発直前の不安を消したのはレストラン。
いよいよこの時が来てしまった。
「行きたい!行きたい!」よりも、「大人なのに一人で海外に行った事もないなんてどーよ?」というある種脅迫観念のようなものに背中を押され、半ば強引に決断したような形だから、
いざ出国が近づいてくると、ものすごく不安になった。
よし、一人で海外に行こう!と我ながら人生最大級の決意をしてから3ヶ月ほど。
行き先をベトナムに決め、あれやこれやと渡航の準備を進めるまでは良かったものの、いざ出発が近づくとその勇ましさは忘れた頃にリビングの片隅からころっと出てくる節分の豆粒より小さく成り果て、対して右も左も判らない若者を格好の餌食とばかりに待ち構えるベトナムという国への不安がみるみる肥大していった。
現地には夜到着するし、いきなりマフィアに拉致られないだろうか。
変なもの食って病気になって緊急手術とかならないだろうか。
いや、そもそも飛行機って落ちないの?
とか、もうありがちな不安要素が次から次に脳内に湧いて出てくるんである。
旅慣れた人にとっては笑っちゃうようなことなんだけど、なんせ人生で初めての海外一人旅である。
いろんなマイナスイメージが頭を駆け巡っちゃうわけ。
「航空券だけでウン万円という高い金払っておきながら、不安な気持ちになるってどうなのよ?」
と成田空港に到着してまでそんな自問自答を繰り返していた。
とにかく早く親元を離れたくて、あれやりたいこれやってみたいと大学入学を機に意気揚々と一人暮らしを始めたものの、最初の3日間は一刻も早く実家に帰りたくて仕方なかったあの感じに似ているような気がする。
自分で決断したくせに、だからこそ誰のせいにも出来ないあの感じにも。
まぁ、とりあえず景気付けに一杯やろうと、と空港にあるレストランへ赴いたのはいいものの、会計を済まして店外へ出るころには新橋のサラリーマンよろしく、顔は赤らみ膝から下がふよふよしていた。
俺はベトナムの大地と化すのだ!と出所不明な決意新たに、先ほどまでの不安はアルコールと共に体の奥深くへ消えてしまった。
いよいよベトナムへ。
時は9月。まだ暑い。
ベトナムの気候に最適だろうと選択したダボっ、ヨロっとしたイージーパンツに、足元はクロックスという所謂”サンダル”、頭にはワッチキャップを被り、オーバーサイズの半袖シャツは所々にシミが残っている。これでもかと荷物を極限まで減らした小さなバックパックはそこら辺に日帰りのピクニックでも行ってくるような身軽さを醸し出している。それでいて、アルコールでふよふよ歩く赤ら顔の男性一人。
明らからに旅行というより怪しげなビジネスでもしでかしてくるんじゃなかろうかという出で立ちだったが、出国は特段トラブルもなくスムーズだった。
チケットに記載された指定の座席に腰を下ろしてシートベルトをするころには、もはや諦めというか不安な気持ちはなりを潜めていた。
日暮れからの離陸は、大都会東京の夜景や、台湾あたりの街の灯を窓に流して目的地ホーチミンへと進んでいく。
テロリストによるハイジャックやエンジントラブルによる落下等もなく、無事ベトナムの玄関口、タンソンニャット国際空港に到着。
賄賂ってこんなオープンなの?
入国審査の列に並んでいると、僕の前にいた男性が入国手続きで揉めている。
どうやらパスポートの余白ページ数が足りなかったような雰囲気で、入国審査員とその男性で、「入国は無理だ!」「そこをなんとか!」の応酬合戦。
そんなやりとりを数度続けたあと、その男性がもう一度よくパスポートを見てくれとパスポートを指さしながら、もう一方の握りしめた拳でトントンと入国審査員のデスクを叩いたのである。
その握りしめた拳の中には札らしきものが数枚顔を覗かせていた。
その入国審査員も待ってましたとばかりにスッとその拳の中にあるものを自分の上着のポケットにしまいこむと、しょうがないなぁという不敵な笑みでパスポートにスタンプを押してその男性を通したのだった。
日本ではとても考えられない事だけど、これが日常なんだろうと。
かくいう僕は海外2度目だったし、そんな心配は無用。何も質問されることなく、ダンダン!とスタンプを押されてベトナム入りしたのだった。
タクシーにボラられる。ベトナム通貨にどうやって慣れるか。
まずは両替。
日本円をベトナムの通貨円に替えるのだが、インフレによって紙幣の桁数が多く、一体いくら分なのかが非常にわかりずらい。
ちなみにざっくり1ベトナムドン=0.005円なので、1円=200ドン。日本円でいくらくらいなのか把握したい場合は、ドンの下2桁をとって、残りを半分にするとわかりやすい。
ex)50,000ドン→50000→半分にして250→大体250円!
正直この感覚に慣れるまで2日くらいかかった。
まさにここを狙われたのである。
夜遅くに到着したので、この日の宿泊先は日本から既に予約しておいたホテルへ。
ホテルがある市内までタクシーで移動することにしたのである。
タクシーに乗ると、空港を出る時にタクシーが空港施設へ料金を払うのだが、これも請求するからというようなニュアンスの事を言っている。
うる覚えだが、この金額分は乗客が負担しなくてもいいというような事を何かの記事で読んだような気がしていたのでとりあえず無視していた。
目的を告げると、タクシーの運転手はOK!OK!と二つ返事で車を進める。
インドへ行った経験から言わせて頂くが、こういう場合九割九分OK!ではない。
さも俺は地理にはめっぽう詳しくホテルの名前を聞いただけで何処だかわかるぜ!みたいな気取った運転ほど信頼できないものはいない。
案の定、到着した場所はホテルがある場所とはまったく関係のない安宿街の入り口広場だった。
明らか違うだろうと思ったものの、そんなに遠く外れてはいないはずだと思ったのでここで手を打つ。
そして、料金は700,000ドンだと。
いったい日本円でいくらなんだ?
これは適正価格なのか?
インフレで桁の多いベトナム通貨を瞬時に換算できるほど旅慣れているわけではなく、
そうは言ってもそこまでべらぼうな金額ではなさそうな感じだったので言われるがまま支払ってしまったのであった。
初めての海外旅行一人旅決行中の僕である、ボラれないようにボラれないようにと注意はしていたものの、
ベトナムドンという通貨の感覚に慣れることは想定しておらず、それがボラれているのかどうのかすらわからいまま支払ってしまったものだからしようがない。
ベトナムに入国して數十分後にはボラれてるって、マリオブラザーズの1−1の最初のクリボーで死ぬ気分と同じだ。
2日後、ベトナムの通貨に慣れ改めてこの時の料金を考えると必要以上に請求されていることがわかり嫌な気分になったが、初めての一人旅の勉強代だと思えば安くすんだと思うようにした。
不当に請求された上に適当な場所で降ろされたものだから、とりあえず事前にプリントアウトしておいた宿泊先の地図を取り出し、ホテル目指して夜のホーチミンを歩く。
正直、夜だからと言って危険な雰囲気はまったくなかった。
まだまだバックパッカーとして感覚、経験値が低いというのがあったのかもしれないが、それでも「ここは何かやばい」と体の表面を伝わってくる”何か”はなかった。
もちろん、客引きなんかには話かけらたり付いて来られたりするのだが、そこに危険な香りはなかったし、インドのようなしつこさもなく、毅然と「ノー」と言えば、あっさり引き下がるのである。
夜とはいえ、9月のベトナムはねっとりと肌にまとまりつく湿気を帯びたぬるい空気で、ホテルまで30分程歩いただろうか、汗だくになりながらようやく本日の宿に潜り込むことができた。
経済的な価格ながらも、日本から予約できるレベルのホテルであることにはかわりなく、部屋の冷蔵庫を開けるとしっかりとハイネケンが冷やされいる。
体力と神経を使ったカラカラの喉と心を潤すには最高のご褒美だ。
ありがとうハイネケン。